順序単射

集合論は数学の言葉である,ということで最近になって勉強を始めた. おそらく日本語で書かれている中では最も有名な本を読んでいる.

その中で出てきた順序単射と言う概念について少し考えたことを書いてみる. 主な内容は「順序単射であること」と「順序写像かつ単射であること」の違いについてである.

まず,後で出てくる言葉の定義をいくつか書いておく.

定義

  • 集合 A,A' に対し,写像 f:A\to A' が任意の a,b\in A に対して

    f(a) = f(b) \Rightarrow a = b \tag{1}
    を満たすなら, f単射であるという.

  • 集合 A と, A における順序 O の組 (A,O)順序集合という.(例えば自然数の間の大小関係 \le自然数の集合 \mathbb{N} における順序である.)以後,一般に順序を \preceq と表記する.

  • 順序集合 (A,\preceq),(A',\preceq') に対し,写像 f:A\to A' が,任意の a,b\in A に対して

    a \preceq b \Rightarrow f(a) \preceq' f(b) \tag{2}
    を満たすなら, f(A,\preceq) から (A',\preceq') への順序写像であるという.また,順序写像 f が, (2) の逆
    f(a) \preceq' f(b) \Rightarrow a \preceq b \tag{3}
    を満たすなら, f順序単射であるという.

本題

順序単射は明らかに単射となる.実際,


\begin{align*}
& f(a) = f(b)\\
\Rightarrow & f(a) \preceq' f(b) \wedge f(b) \preceq' f(a)\\
\Rightarrow & a \preceq b \wedge b \preceq a\\
\Rightarrow & a = b
\end{align*}

が成り立つ.

なるほど順序写像かつ単射であるから順序単射と呼ぶのか,と思ったがそうではないらしい.今述べたように「順序単射 \Rightarrow 順序写像かつ単射」は成り立つが,その逆は必ずしも成り立たない.

例えば,2つの順序集合 (\mathbb{N},|),(\mathbb{N},\le) と, \mathbb{N} から \mathbb{N} への写像 f:x\mapsto x を考える.( x | y は「 yx の倍数」という順序である.)任意の a,b\in \mathbb{N} に対して a|b \Rightarrow f(a) = a \le b = f(b) が成り立つため f は順序写像であり,かつ f は明らかに単射である.しかし, ff(2)=2\le 3=f(3) を満たすが 2|3 を満たさないため,順序単射ではない.

では順序単射とはどういうものなのだろうか. これについて考えたことを自分なりの言葉で書いていく.

注意:以下では,直感を述べるためにインフォーマルな用語を多用する. 勝手に導入した言葉は斜体で表記する.

順序単射の話に入る前に,まず単射というものを考えてみる. 単射の条件である (1) と,写像が自明に満たす条件

a = b \Rightarrow f(a)=f(b) \tag{4}

を合わせると,次が得られる.

a=b \Leftrightarrow f(a)=f(b) \tag{5}

これより,写像 f単射であることは,「 f同一性保存する」ことであると言えそうである.

  • 同一性:集合において同じ元であること
  • (性質を)保存する:写す前(resp. 写した後)で成り立つ性質が写した後(resp. 写す前)でも成り立つ

話を順序単射に戻そう. 単射の場合と同様に, (2),(3) より次式を得る.

a\preceq b \Leftrightarrow f(a)\preceq' f(b) \tag{6}

単射の場合と同じように言い表せば,写像 f が順序単射であることは,「 f が順序関係を保存する」ことである.

この「順序関係を保存する」ことが順序単射の性質である.

順序写像かつ単射写像について考えてみる. 順序写像であることは, (2) を満たすこと,つまり「順序関係を写すこと」であり,単射であるということは,上でも述べたように「同一性を保存すること」である. つまり,順序写像かつ単射写像は,「順序関係を写し,かつ同一性保存する写像」である. これが,「順序関係を保存する写像」である順序単射との違いである.

  • (性質を)写す:写す前で成り立つ性質が写した後でも成り立つ

話に出た4つの写像の関係を表にすると以下のようになる.

f:id:darshimo:20210524233846p:plain

同一性写すのが写像で,そのうちで写すだけでなく保存するものが単射である. そしてこれらの同一性を順序関係に一般化したものがそれぞれ順序写像と順序単射にあたる. \langle順序単射\rangleという言葉において.\langle順序\rangle\langle単射\rangleは並列なのではなく,\langle順序\rangle\langle単射\rangleを修飾しているのである.









と,ここまで長々と書いてきたが,言われてみればそれはそうである.









ここから愚痴

こんなことに長い時間を費やしたのは,(参考書の)著者の書き方のせいおかげである. 以下が問題となった箇所の引用である.

 (1.6) \qquad a \le b \Rightarrow f(a) \le' f(b)
(中略)f が順序写像で, (1.6) の逆
 (1.7) \qquad f(a) \le' f(b) \Rightarrow a \le b
も成り立つ場合は, f単射となる.(中略)そこで,(1.7) をも満たすような順序写像A から A' への順序単射とよばれる.

引用元:松坂和夫(1968)『集合・位相入門』岩波書店(p.94)

"そこで,"なんて言い方をされれば「順序写像かつ単射」だから順序写像とよばれると思うに決まっている. (その後でこれらが同値でないことを書いているが,それでもこの書き方はやめていただきたい.)